切っても切ってもかまぼこ

ゆとり世代自営業者の徒然

発達障害としての告白




 

ああ僕は何かが違う。

 

発達障害を疑ったのは「アルジャーノンに花束を」という小説を読んだのがきっかけだった。主人公は生まれつきの障害から手術によって高度な知能を得る話だ。読んだことで障害への関心が高まったのは偶然だが、どちらにせよいつかは診断に至っただろう。

 

 

昔から内気で空気が読めない発言のせいか、はぶられていた。弱くはないけど集団には馴染めない。言わば擬態できる人間でないと内輪には入れない。他人と何かが違う。僕は異星人なんじゃないか。いやむしろ僕以外が異星人かもしれない。

 

学業もそこそこ出来たし、容姿が醜いという程ではなかったが、文化であるドッチボールが苦手でいつも悲惨な目にあわされた。リレーではいつもアンカーを任されたのでまあよしとしよう。

 

他人とは違う空間に生きているんだなと思ってたがおそらく間違えではない。どこにいても交わらず、擬態してもすぐに崩れ去る。理解されるまでには時間がかかった。

 

 

家庭環境も悪くどこにも居場所がなくて、かといってグレるような行為に興味はなかったので、夜道を歩き、ブックオフで立ち読みをして、部屋に籠ってゲームをすることで逃げ道を作っていた。

 

いわゆる毒親で愛と人間性を貰えることは出来なかったが、親は変えようがない。変わらないから仕方がない。むしろ親の方が可哀想な人間だと思う。関わり合いたいとも思わないとこからも愛着障害の気が出てるのだろう。

 

 

高校に入り多少人間のフリがうまくなったものの遠方の同中がいない学校だったので、クラスでは馴染めず浮いてしまった。長い通学と教室はひたすら小説を読んでいたのが奇しくも本好きになったきっかけである。

 

幸い小・中・高と運動をしていたおかげで多少の友人も出来たが、無職となった今では疎遠になっている。というより自ら遠ざけている。ダメな自分を見せたくない。

 

逃げるようにして一人暮らしを始め、その後も中退や長いこと無職を続けたりでずっと一人だった。人間としての基盤を作る過程を経ることが出来なかったことから愛情に飢え、自分を見失っているのだろう。

 

 

診断を受ける前から不眠と鬱で精神科には通っていた。病院で受けた結果はASD/ADHDだった。聴覚過敏もある。手帳は3級をもらった。傾向としてはASDの方が強いがコンサータ54mgのおかげで動けている。まるでチャーリイが高度な知能を得たかのようだ。

 

WAIS-Ⅲ(知能検査)を受けた結果は動作性が87だった。言語優位で、上へ吹っ飛んでる。生きづらくて当然だろう。現在も複数の薬を飲んでいて、重度の鬱や統合失調症、喘息、自律神経の過敏さ、生活環境の悪影響であまりいい状況とは言えない。

 

でも辛くても苦しくてもいいんだと思う。誰よりも自分を知っている自分が好きだし、社会から見た相対的な自分は何処かへ行ってしまったけど、そんなのは避けられない運命だ。

 

僕はこれからの人生を探る義務がある。楽しくなるために、幸福と誰かに幸せになってもらうために。これからどうすればいいのかもわからないけどやりたいことはたくさんあるんだ。興味は止まらないよ飽きやすいからね。

 

いつか笑えるために今日も生きる。アルジャーノンの亡骸に花束を添えるために。