切っても切ってもかまぼこ

ゆとり世代の無職。主に雑記

『自作の小屋で暮らそう』Bライフが再版されたので読んでみました。

  

テントだろうが何だろうが、そこに10年でも100年でも寝転がっていられると思うと嬉しかった。                

〜『自作の小屋で暮らそう:Bライフの愉しみ』P.36より〜

  

自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)

自作の小屋で暮らそう: Bライフの愉しみ (ちくま文庫)

 

以前は「Bライフ研究所」というサイト、現在は「寝太郎ブログ」というサイトを運営している寝太郎さん(@mnetaro)が書いた本。

 

私も以前から好きでブログを拝見させてもらっている。

 

2011年発行の『Bライフ 10万円で家を建てて生活する』が絶版になってしまって手に入れるのが難しくなったが、今年に入って新たに加筆修正された文庫本が発売された。

 

 

著者は東大卒 慶応院卒という経歴を経ており、紆余曲折あって山小屋暮らしを始めた。 小屋も自前で作り、設備や生活に必要なものも自分で作ったりして、年に数回だけ働きに出て月2万ほどの最低限の暮らしを行うそう。

まるで浮世離れした仙人のような生活であり、華麗な経歴からどうしてこういう生活を始めたかという背景はあまり語られてなかったが、著者の他著を見るか、ブログを遡っていけば分かるだろう。

 

 

Bライフって何?

 

 著者も語感で付けたようで完全な定義はないそうだが、BasicのB=必要最低限の生活という意味が一番近い。

 

生きるための最低限なので多くを必要としないというということだか、別に何かを付け加えてたっていいし、サバイバル生活を送るべきだと提唱しているわけではない。 

 

いわゆるノウハウ本に近いようなもので、著者のBライフの中で感じたことを交えてその一連の手法を書いている。

 

 

多くを必要としない暮らし

 

依然ミニマムリズムは流行っているが、そういうのとは違ったものだと思われる。ミニマリストはどちらかというと洗練していくイメージであるが、Bライフはずぶの素人が試行錯誤していきながら生活をしていく。

 

自然の中で暮らすというのは、中々手の届きにくいものも出てくるし、一から生活環境を構築していく行為はそう容易いものではない。

 

著書の中でも土地選びから始まり、小屋を建てて、そこで暮らすためのライフラインを整えていく長い行程が語られている。

 

でもその過程には一種の喜びというものも感じられるように思えた。自然の中で気ままに暮らすというのは中々味わえないものだろう。

 

誰に左右されることもなく好きな時間に寝て起きて、ぼーっと考えごとをしたり、本を読んだり書いたりなど自由である。

 

気が向いたら自然の中を散歩をしたっていい、こういう生活だからこそ実現できるものがあるだろう。

 

普通のサラリーマンのように働いてその多くのお金を費やし暮らす。そういう生活が向いてない人だっているのだ。

 

Bライフの良さだけではなくて、現実論を含めBライフを実現するための方法を記しているのは好感を持てた。
 
とかく法律面などは自分がいいと思っていても、行政が許さないことは多々あり、うまくいかないものであるから、避けられない話題である。

 

 

僕らが暮らしていく中で

  

常識というのは時に人の可能性を狭める。“生きる”という行為に多くのものが必要であると我々は思い込んでいるのではないだろうか。

 

別に著作はBライフを強いるよう呼びかけているわけではない。ただミニマムな暮らしができると知っておくだけで視野が広がっていくはずだ。

 

現実論で見ていくと、独身でないと難しいものだろうし、年金も払ってないわけだから老後にもらえる額も少ない。

 

歳を重ね重い病気に罹った時にどうするのかなど、こういうミニマムな暮らしには必ずしも言える課題がある。

 

 

著書の中でも中古の物件を買うという選択もあると述べていたが、実際探す手間や利便性などで言ったらその方が楽かもしれない。郊外などの中古物件であれば一軒家でも数百万で買うことができるからそういう手だってあるのだ。
 
しかし、こういう暮らしでなければ得られないものだってある。生活に対する愛着だって湧き出てくるだろう。

  

 

無理に小屋に住もうとしなくてもいいので小さい別荘のように一つ持つという手もある。自分がいつでも帰れる場所があるだけで人は安心できる。その拠点を一つでも持てるだけで心強い。

 

こういう生き方だって選択できるというのを知れる、良い一冊だった。